ウィーンのクリスマス
毎年クリスマスが近付くと、通りにクリスマスの飾り付けがされ、様々なクリスマス市が開かれ、街角でクリスマスツリー用のモミの木が売られます。普段は財布のひもが堅いウィーンの人たちも、この時期だけはクリスマスプレゼントの買い物に追われます。
- 関連項目:
- きよしこの夜
- 関連リンク:
- ウィーンの様々なクリスマス市の地図(日)
- ウィーンのクリスマス市動画(日)
- Advent- und Weihnachtsma"rkte in Wien 2010(独)
- ウィーンの様々なクリスマス市(独)
- ヨーロッパのクリスマスマーケットに行こう!(日)
- キリスト教の宗派について(日)
- カトリック教会(日)
1.ウィーンの様々なクリスマス市
ウィーン市内で一番華やかで有名なクリスマス市は、 何と言っても市庁舎前のクリスマス市(独/英)です。その他、必ず観光客の目にとまるのがシェーンブルン宮殿のクリスマス市(独/英)。旧市街地の フライウンク広場のクリスマス市(独)も悪くはないでしょう。
これらのクリスマス市には、クリスマスの飾りやクリスマスプレゼントを売る屋台がたくさん並びます。クリスマスツリーの飾り、手袋やマフラー屋、プンシュやグリューワインなどの暖かい飲み物の屋台、そして焼き栗屋等々です。
2011年クリスマスマーケット日程(スリ注意!)
- 市庁舎前(独/英)
- 11月12日〜12月24日
毎日10:00-21:30、金・土曜日10:00-22:00、12月24日は10:00-17:00 - 11月12日〜12月24日
- シェーンブルン宮殿のクリスマス市(独/英)
- 11月19日〜12月26日
毎日10:00-21:00、12月24日は10:00-16:00、12月25と26日は10:00-18:00
新年市:12月28日〜2011年1月01日
毎日10:00-18:00 - 11月19日〜12月26日
- ウィーン旧市街地内Freyungのクリスマス市(独)
- 11月18日〜12月23日
毎日10:00-21:00、11月18日オープニング、11月26日から毎日16:30に音楽プログラムなど様々な催し - 11月18日〜12月23日
- MQの裏手Spittelbergのクリスマス市(独)
- 11月17日〜12月23日
11月17日14:00オープニング、月-木の14:00-21:00、金は14:00-21:30、土は10:00-21:30、日祝日は10:00-21:00 - 11月17日〜12月23日
- クリスマス市マリアテレジア広場(日/独/英)
- 11月16日〜12月24日
毎日10:00-22:00、12月24日は11:00-15:00 - 11月16日〜12月24日
- クリスマス市ベルベデーレ宮殿(日/独/英)
- 11月18日〜12月23日
毎日11:00-21:00 - 11月18日〜12月23日
- クリスマスAltes AKH(日/独/英)
- 11月12日〜12月23日
月-金が14:00-22:00、土日祝日が11:00-22:00 - 11月12日〜12月23日
- カール広場のクリスマス市(独/英)⇒主催者ページ(独)
- 11月19日〜12月23日
毎日、12:00-20:00 - 11月19日〜12月23日
2.クリスマスの商業活動
クリスマス前の1ヶ月は平日19時、土曜18時まで開けるところが多い。その他、12月08日の祝日もショッピングゾーンでは終日開ける店が多い。クリスマスイブ12月24日は午前のみ営業。クリスマス12月25、26日は法定祝日閉店。
3.アドヴェント/降臨節(待降節)
アドべントは日本語で降臨節とか待降節と呼ばれ、救いの御子イエスキリストの生誕を待つ喜ばしい時期と考えられてます。アドベントの期間はクリスマスの4週間前の日曜日から、イエス生誕を祝うクリスマスまでです。日曜日を迎えるごとに、救世主の降誕を祝って、アドヴェントクランツ(日)という針葉樹の枝で作った輪に立てられたロウソクに火を灯します。最初の日曜は4本中の1本のみ。次の日曜日は2本、その次の日曜日には3本、最後の日曜日には4本全てのロウソクに火を灯し、クリスマスを迎えます。アドベント期間中はアドベントカレンダーの小さな窓を順に開けて行き、「もういくつ寝るとークリスマス〜♪」って感じでしょうか。
4.オーストリアの約8割がカトリック
カトリックはキリスト教の一宗派です。フン族がウィーンから東に広がる平野地帯に来た20年後、395年に古代ローマ帝国が東西に分かれます。東ローマ帝国(-1453)のキリスト教をオーソドックス/正教、西ローマ帝国(-476)のキリスト教は後にカトリック/普遍的と呼ぶようになったそうです。このカトリックは総本山がローマにあるため、ローマカトリックと呼ばれたり、東方の正教に対して西方教会と呼ばれたりします。因みに、東方教会は国や地域ごとにギリシア正教会、ロシア正教会、ルーマニア正教会、ブルガリア正教会、セルビア正教会、日本正教会など個々の組織を持ってます。
カトリックは、後に免罪符などの問題でカトリックにプロテスト/抗議したマルチン・ルター/Martin Luther(1483-1546)がプロテスタントと言われる新教の基礎を置いたことから、この新教に対して旧教とも呼ばれてます。
ところで、新教が強いライン地方の風習だったクリスマスツリーは、ウィーンでは飾る風習が無かったようです。皇帝フランツU(T)世の弟、カール大公(英雄広場の騎馬像)のお嫁さんナッサウのヘンリエッテ/Henriette von Nassau(独)が新教で、1816年12月24日に、その年に生まれた長女のために12本の蝋燭を灯したクリスマスツリーを自宅の宮殿に飾ったのがウィーンのクリスマスツリーの始まりだそうです。
オーストリアの歴史とカトリック
オーストリアの民族は、ヨーロッパの他の国々と同じく、6−7世紀頃の民族移動終わり頃に、バイエルン族(ババリア)が南ドイツとオーストリアに定住するようになったそうです。それ以来オーストリアはドイツ語圏になったとされてます。
オーストリアの東に位置するウィーンは、古代ローマ時代以後、アジア民族が度々流入したために、アジア民族とヨーロッパ民族の所有がその都度入れ替わりました。
中世初期の頃は、ウィーンの西約200km、ドナウ川の支流エンス川あたりまでアジア勢力圏だったようです。8世紀終わりに有名なカール大帝が、馬の鐙をヨーロッパに伝えたとされるアバール族をハンガリーの方まで追いやり、東の辺境地(オーストマルク)を置きますが、しはらくすると、今度はアジア民族のマジャール(ハンガリー)族が入ってきます。
マジャール族は当時のヨーロッパでは無敵だったらしく、遠くはフランス、パリを経て、ピレネー山脈まで迫り、北はオランダ、南はイタリアまで足を伸ばしてます。軽快な騎兵を駆使してヨーロッパ中を蹂躙し、パリのシテ島がマジャール族に攻められた記録が残るのは興味深い話です。
その後、無敵と言われたマジャール族の騎兵も、レヒフェルト(995)の戦いでオットー大帝の装甲騎兵に敗れます。さらに、オーストリアの礎を築いたバーベンベルク家に圧迫され、現在のハンガリーまで後退します。ウィーンは、それ以降ゲルマン民族カトリックの地として発展を続け現在に至ってます。その間、ハンガリーは1000年前に初代の王イシュトヴァンにより民族が統一され、キリスト教(カトリック)が国教となってます。
面倒な歴史の話はさておき、アドヴェントの時期にウィーンに居たら、何はともあれクリスマス市に行きましょう。特に夜の市庁舎前クリスマス市はとても華やかです。しっかりとした防寒、荷物を持たず両手を空け、スリに留意し懐中物に気を配ります。寒いときは屋台のホットワインや、リンク通りを渡ったところのカフェーラントマンで休憩も良いでしょう。良いクリスマスを! Froehliche Weihnachten !